Wieliczka "Underground Kingdom" Salt Mine

2026年02月27日

先週の木曜日はDanielらの超大型グラント獲得達成祝賀会ということで、ピザ&ボウリングパーティーが開催された。今回勝ち取った助成金の額が巨額すぎて、開いた口が塞がらない程だった。これらを管理・主導・主宰していくのもまた、プレッシャーも含めて相当なことだろうと思う。まさにDanielはPASのBIG BOSSそのものだとビールを飲みながら考えていた。もちろん敬意を込めて。PASに来て彼此5ヶ月程過ごしたが、研究所と大学では研究スタンスにそもそもの違いが当然ながら存在する。こと研究所においては、グラントにも依存するが、明確な「達成目標」があり、そこに向かって一網打尽よろしく、さまざまなアプローチを仕掛けて、人員を割いて、多くを達成することが生業とされている。グループで開発されてきた独自の分子を使いながら、既知骨格との組み合わせ・拡張が主になる。そこでは分野横断的な研究(化学だけでなく、物理や生物などとの融合)が加速度的に進んでいき、基礎研究的な追求はあまりないように感じられる。課題解決のための戦略なのだから、これは至極当然の方針だとは思う。一方で、その過程で発掘された、あるいは偶然手に入った「目的に叶わない」分子達は未使用データの中にしまわれていく。興味深い性質があれば拾われることもあるだろうが、ほとんどの場合そうはならない。それがなぜだか、無性に寂しいような気がした。結局、意味を見出すのは研究者自身だし、意味や意義を見出せないのなら、「最初からなかったも同然」なのかもしれない。何が書きたかったのか、自分でもよくわからないが、いずれにせよ、基礎的であれ、発展的であれ、どちらの方針も科学の進歩には重要な道程であることには違いない。

ポーランドのボウリング場も日本の時と同様に、しっかりシューズを履き替えてプレイした。スコアは91点でなんとも言えない結果だった。しかしながら、3位くらい?に入賞して、景品としてDanielからJazzのCDが贈られた。残念ながら CDプレイヤーが手元にないので、帰国後に聴くことにする。

そして週末は、Warsawa中央駅から2.5時間かけて再びKrakow駅へ。11月に訪れたのが大分昔のことのように感じられた。今回の目当てはWieliczkaの塩鉱山–1978年に世界遺産に登録された塩の王国–である。行く直前にDanielからCNNの記事が届いていた。(CNN Travel: The underground salt kingdom that became one of Europe's strangest attractions")

Krakow駅から電車に乗って、Wieliczkaへ。徒歩でおよそ10分のところに目的地の鉱山はあった。当日券を購入することも可能だが、事前にwebでオンラインチケットを購入した。どうやら、一般コースと鉱夫体験(実際に鉱夫の格好をするらしい)コースの二つが用意されていた。行った日は体験コースをしている様子はなかったが、観光として実に面白い催しだと思う。地上にはそれぞれの鉱山の入り口と発掘機なども展示してあった。

塩の生産は1996年に終了したものの、約700年もの歳月を通して、当時の鉱夫たちが作り上げた塩の地下王国は今も健在しており、その広さは全長約240 kmに及ぶ。さらに、一般に公開されているのはそのわずか2%だというのだから驚きだ(通常コースでおよそ2~3時間かかる)。迷子にならないために、ツアーには専門のガイドが必ず帯同するようで、今回もイアホンを装着してツアーに参加した。

380段のめまいがするような階段を降りるところからツアーは始まる。地下330 mに潜るわけだから当然だが。降りた先は壁一面が灰色となっていて、本当に塩でできているのか疑心暗鬼だったが、ガイドがぜひ舐めて確かめてみてください。と言うものだからやはりこれらの坑道および坑室は塩でできているのだろう(海外のツアー参加者は実際に舐めていたが、それは少し憚られたので遠慮した)。壁が灰色なのはもちろん純粋な塩だけではなく、不純物として一定の鉱物が混ざっているからだが、ところどころで白色の塩の純粋な結晶が析出していた。坑道内で出会うことのできる美しい彫像や彫刻、絢爛なシャンデリアでさえも塩で作られているのは非常に興味深かった。

地質学的にみても非常に面白いこの鉱山だが、やはり水には弱いらしく、塩で形成された層を維持するために、随所に木材やガラスによる補強工事が施されていた。想像に難しくないと思うが、塩は人類が生活する上である意味、金より価値のあるものだ。ガイド曰く、"salty"というのは、塩が当時通貨として使用されていた意味も含めて「非常に高価」だというスラングなのだとか。接地している海が少ないポーランドにとって、この鉱山の活用はまさに国家最重要戦略だったに違いない。そういった過程でこの坑道が発展してきたのだろう。歴史的な背景から戦時中には残念な使われ方もしたようだが、詳細については上記のCNNの記事を参照されたい。

帰りは階段を使わずにリフトで地上まで上げてくれたから助かった。お土産としてこの地の塩を購入し、持ち帰ることにした。